社会福祉法人 恵正福祉会|横浜市

自由であること

当たり前ですが登山道を登っていくのはキツイことです.
それが穂高の岩峰であればなおのこと危険すら伴います.

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(2013年9月30日 大キレット長谷川ピーク付近)

それでも、頂上に着いたときの、あの解放感は忘れられません.

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(2013年9月29日 槍ヶ岳山頂より)

山頂も色々です.
北穂高岳とか前穂高岳なんては登頂後、山頂でのんびりできますから景色見ながらくつろぎます.

そんな時は「ああ、自由だな〜」って思いますね.

さて、ひとことで自由といっても色々な意味の自由があります。

過去には自由を得るために闘わなければならなかったことも.

映画「アミスタッド」をご存知の方も多いでしょう.
(この後、内容に触れます)

時代は南北戦争が目前に迫っていた1839年アメリカ.
奴隷輸送船アミスタッド号に乗せられていた50人ほどのアフリカ人たちは船内で反乱を起こしスペイン人の船長ら2名を残して船員らを殺害する.

船は統制を失いロングアイランド沖でアメリカ海軍に発見されアフリカ人たちは身柄を拘束される.

奴隷の所有権を巡って地方法廷で争われる.
三権分立と言ってもまだまだ政治の圧力がある中で、奴隷解放を訴えてきたタパンとジョットソン、そして若い弁護士ボールドウィンの奮闘により、アフリカ人の奴隷(当時アフリカ人の奴隷は認められていなかった)は違法な所有物であり即刻解放・祖国へ送還するとの判決を勝ち取る.

この判決を受けスペイン女王はアメリカに抗議し、南部の有力な議員は内戦の可能性があることを大統領にほのめかす.困惑した末、大統領は最高裁判所で裁判のやり直しを決断する.

最高裁判事9名のうち7名は南部の奴隷所有者である.

弁護士ボールドウィンはアメリカ第6代大統領で今はマサチューセッツ州の連邦議会議員であり弁護士でもあるジョン・クィンシー・アダムズに助けを乞う.弁護士ボールドウィンはアフリカ人やそのリーダーであるシンケとの交流を通して金目当ての弁護から人間として彼らを救いたいという思いに変化していた.

アダムズは奴隷解放論者と付き合いはするが深入りはしないと言われていた.先の地方法廷においても「自分ができることはない」として静観していた。しかしながら最高裁へ上訴されたことや、何よりもボールドウィンの熱意に心を動かされ、ついに動き出す.


最高裁の法廷.

ジョン・クィンシー・アダムズはこの法廷は単純な所有権争いではなく最高裁始まって以来の重大な法廷であると明言する.

「なぜなら、今ここで問われているのは人間の本質なのだ」

アダムズは弁論する.「彼(アフリカ人のリーダーのシンケ)は見ての通り黒人だ.だが、彼の内面まで見抜ける人は少ない、彼が真の英雄であるということを.彼が黒人でなければ自由を勝ち取るために法廷で争う必要はなかっただろう、もし彼が白人でイギリスからの独立を勝ち取ったのであれば勲章の重みで立ち上がることすらできないだろう」

そして、人間の本質は自由(freedom)であり、誰でも自由が奪われればそれを取り戻すまで立ち上がり戦い続けるだろう.もし南部の主張(奴隷制)が正しいのなら絶対の権利や自由を謳ったアメリカ合衆国独立宣言は欺瞞に満ちていることになると弁論を展開する.

最後にアダムズはメンデ族(拘束されているアフリカ人たち)は抜け出せる見込みのない窮地に陥った時は祖先の助けを求めることに触れ、アメリカ合衆国を築き上げてきた先人たちの英知が必要であること、正しいことをするには勇気が必要であることを論じ、

「それで内戦が起こるならいた仕方ない、戦いましょう.奴隷制がある限り真の独立はなしえないのですから」

と締めくくる.


最高裁判決.

判決の冒頭で判事は検察側の論拠とするところの1795年にスペインとの間で取り交わされた通商条約の第9条「公海上にて海賊、盗賊の手から救出された全ての船及び商品は、その性格に関わらず、全て正しい所有者に返還される」は適用されないと述べる。
最高裁はアフリカ人は自由な人間でありその中には自由を否定するものに対して立ち上がり反乱を起こす法的・道徳的権利があると判断する.よってアフリカ人は商品とみなすことはできず、即刻勾留状態から解くものとし本人らが希望するのであれば祖国であるアフリカへ送還するとの判決を言い渡した.

1861年南北戦争勃発.1865年南軍敗北により奴隷解放が法的に実現した.


この映画は実話に基づくものですが(The Amistad 40 U.S. 518(1841))、観賞してみて、人は見かけや国籍、信条、出生により区別されてはいけない、重要なのはその本質であること、その本質は自由であると言うことを伝えているのではないかと感じました.



目的地に着いてくつろぐ時間は本当に自由だと感じる瞬間です.映画のような重い意味での自由と言うわけではないですが、どこまでも続く雲海や抜けるような青空、壁のようにそびえ立つ稜線を眺めていると解放された気分になります.

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(2015年7月29日 奥穂高岳山頂より華麗な滝雲を眺める)

だからこそ、いろんなことが思い浮かんでくるのでしょうか・・・

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(2012年10月12日 涸沢)

涸沢にテントを設営した時の開放感.
食事や就寝・チェックアウトは自由そのもの.自分の好きなタイミングでできます.
2日目は涸沢から稜線の穂高岳山荘に行くだけの行程なので(3Hくらい)気が楽です.

テントで寝ていると朝、徐々に明るくなってくるのが分かります.空気は冷んやりしていて下界では味わうことができない新鮮さを感じます.
テントの外へ出てみて空気をめいいっぱい吸って、何だか満たされた気分になります.
そのうち日が登り燃えるようなモルゲンロート(朝日が山肌を真っ赤に染める光景)が現れ感激します.モルゲンロートが落ち着いた頃、少しお腹が減ってくるのでのんびりと朝食でも作ります.そうこうしているうちに陽が高くなり美しい紅葉が目に飛び込んできます.

食後のコーヒーなど飲みながら美しい紅葉を見て時間を忘れます.

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(2017年12月15日 西穂山荘前から沈んでいく夕日を眺める)

沈んでいく夕日を眺める瞬間はまるで時が止まっているかのようです.
何か時間に追われているわけでなく、いつまでもいつまでも美しい夕日に見とれていると、何だか違う次元にいるのではないかって思ってしまうほどです.


自由であることってなんて素晴らしいんだと思う瞬間です.


M.O.

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